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せっかく付けた筋肉はなるべく減らしたくない!

 ということで、今回は、アンチエイジング・筋トレのテーマで、筋肉分解のメカニズムについてちゃんと論文首っ引きで調べたので、その内容をまとめたいと思います。
 私は、普段からアンチエイジングのためにスロートレーニングに力を入れています。
 靭帯や関節への負荷を減らし、怪我や故障のリスクを極小化しつつ、成長ホルモン分泌という成果を獲得するには、スロートレーニングが合理的だと考えて、スロートレーニングに取り組んでいます。
 しかし、仕事が忙しく帰宅が遅くなったり、体調を崩してしまうなど、スロートレーニングが出来ない日が生じると、筋肉の分解が気になってしまいます。
 また、炭水化物を控えて、体脂肪を減らそうとダイエットに取り組む際にも、体脂肪とセットで筋肉も減ってしまうのが、実に悔やまれてなりません。
 何とか、筋肉の分解を抑える方法はないだろうか?
 そう思い立って、きちんと生化学的なメカニズムを理解しようと決め、関連する論文にここ最近目を通してきました。
 ようやく全体像が自分なりにつかめてきたので、なるべく分かりやすくエントリにまとめたいと思います。
※専門知識が無い方にも理解できることを優先した内容記述をしています。研究内容を厳密に知りたい場合は、エントリ末に記載した資料一覧から必要な論文や調査資料を適宜ご参照ください

筋肉分解のメカニズムは3つある

 今回目を通した論文から、まず得られた知見は、筋肉分解のメカニズムは3種類あることが分かっているというものです。
 それは以下の3つです。

  • ユビキチン/プロテアソーム系
  • オートファジー/リソソーム系
  • カルパイン系

 いきなり専門用語オンパレードで面食らうかもしれませんね…
 生化学の論文読むと、本当にガチの専門用語の嵐です。「解体新書」をオランダ語から翻訳した江戸時代の偉人たちの苦労が忍ばれるイメージです。

 ざっくりと自分の言葉で説明すると、

  • ユビキチン/プロテアソーム系
    • 分解するたんぱく質にマークを付けて、そのマークめがけて酵素が突撃&分解する
  • オートファジー/リソソーム系
    • 分解対象を特定せず、まとめてドカっと分解する仕組みです。「自食作用(オートファジー)」のことです。
  • カルパイン系
    • 今回は、まだ詳しく調べていません。。。栄養状態に応じて骨格筋を分解する仕組みが知られています。

 今回のエントリでは、ユビキチン/プロテアソーム系オートファジー/リソソーム系 について解説します!

食事で変化する筋肉の合成/分解のプロセス

 マウス・ラットを使った実験で、食事によって筋肉合成が促進され、筋肉分解が抑制されるということが示されています。
 言われてみれば当たり前ではあるのですが、食事の重要性を定量的に評価できたところが知見として興味深いです。
 まずは実験結果を紹介します。

  1. 18時間絶食させたマウスにカゼイン食を与える実験(参照)
    • 骨格筋合成速度は食事直後から上昇し、6時間後に元に戻った。
    • 骨格筋分解速度は、食事後3時間で最も下がり、6時間後でも低いレベルを維持、12時間後に元に戻った。
  2. ラットの実験に十分なたんぱく質を含む食事を与える実験(参照)
    • 食事直後から骨格筋たんぱく質合成が急速に活性化
    • 食事後、骨格筋たんぱく質分解反応が抑制され、その効果は12時間近く続いた。
      • 特にロイシン、メチオニン、リシンを含む食事に顕著な骨格筋たんぱく質分解抑制効果
    • 実験結果の解説チャートはこちら

 たんぱく質を含んだ食事の重要性が、ハッキリと示されているように思います。
 マウス・ラットの実験ではありますが、食事の直後から筋肉合成・分解の反応に変化がすばやく現れていることは少し驚きです。
 筋トレの後、すぐにたんぱく質を摂取するのは実に正しいことが分かります。

 具体的には、食事から摂取した、ロイシン、メチオニン、リシンをはじめとするアミノ酸は、オートファジーの抑制効果があることが示されています。

 特に、筋トレのトレーニーの間では有名なBCAAに含まれているロイシンには、顕著な効果があることが実験で示されていますので、BCAAは是非積極的に摂るべき栄養素なのは明らかですね。

食事でカバーできる筋肉分解メカニズムの限界

 ただ、実は、食事でカバーできる筋肉分解のメカニズムは、先ほど紹介した3つのうち オートファジー/リソソーム系 だけになると考えられています。
 ユビキチン/プロテアソーム系 の筋肉分解のメカニズムを抑制する効果は、食事にはなかった模様です。(参照)
 具体的には、ユビキチン/プロテアソーム系 で重要な役割を果たす、筋萎縮遺伝子群 の発現を、食事だけでは押さえることが出来なかったためです。
 どうやってユビキチン/プロテアソーム系の筋肉分解を抑えれば良いのか、気になりますね!
 それでは、次の節でその筋肉分解の仕組みを見て参りましょう!

ユビキチン/プロテアソーム系の筋肉分解の仕組み

 
ユビキチン/プロテアソーム系の筋肉分解の仕組みを理解するに当たり、まず見ておいた方が良いと思うのが、骨格筋細胞内における筋肉の合成と分解のメカニズムです。今回の調べた論文や資料を通して得た内容を、図にまとめました。

筋肉合成時のメカニズム

筋肉合成時のメカニズムの図はこちらです。

筋肉合成時のメカニズム

  • IGF-1(インスリン様成長因子)が最初のトリガーになっています。

    • 成長ホルモンの分泌を受けて肝臓で生成されます。筋トレをすると分泌されます。
  • 受容体にIGF-1がキャッチされると、筋細胞の中で IRS-1 という物質がリン酸化されます。ここからリン酸化の連鎖反応が進み、筋肉の合成(=筋たんぱく合成)が進みます。プロセスは次のように進みます。

    1. 受容体にIGF-1がキャッチされる
    2. IRS-1 がリン酸化される
    3. 酵素PI3K がリン酸化される
    4. 酵素Akt がリン酸化される
    5. 酵素mTOR がリン酸化
    6. 筋たんぱく合成が亢進(=筋肉の合成が進む)
  • また、4 のAktのリン酸化の後、FOXOという物質がリン酸化され、筋萎縮関連遺伝子群の発現が抑制されます。

    • FOXOがリン酸化されると、細胞の核の中に入れなくなり、その結果、筋萎縮関連遺伝子群の発現が抑え込まれれます。

 こうしてみると、IGF-1 が筋肉合成の促進と、筋肉分解の抑制を同時に促す重要なファクターであることが分かります。
 スロートレーニングや加圧トレーニングを始め、筋肉をしっかり利かせる刺激を与え、IGF-1をたっぷり分泌させることが、いかに大事か構造的に把握できますね。

筋肉分解時のメカニズム

 筋肉分解時のメカニズムはこちらになります。

筋肉分解時のメカニズム

  • IGF-1 が受容体にやってこないことが、トリガーになっていることが分かります。
  • 先ほど述べた FOXO がリン酸化されないので、そのまま骨格筋細胞の核に入ってきます。
    • すると、筋萎縮関連遺伝子群 が発現し、筋肉分解に関わる以下のユビキチンリガーゼという酵素が生成されます。
      • Atrogin-1/Muscle Atrophy F-box (Atrogin-1)
      • Muscle RING-finger protein-1 (MuRF-1)
    • ユビキチンリガーゼの作用でユビキチンの鎖が取り付けられたタンパク質を、 26S プロテアソーム という巨大な酵素の複合体が分解します。
  • 特に困ってしまうのは、生成されたユビキチンリガーゼが、筋肉合成の際の重要なトリガーである IRS-1 に取りついてしまうことです。
    • ユビキチンの鎖を取り付けられた IRS-1 がプロテアソームにターゲットにされて分解されてしまいます!
    • これでは筋肉合成が阻害されてしまいます!
  • ユビキチン/プロテアソーム系による筋肉分解が著しく進む状況としては、以下のものが知られています。
    • 無重力、微小重力環境
    • 寝たきりの状態
    • ギプスをはめた状態
  • 筋肉への適度な負荷が無い状況下では、IGF-1 が分泌されず、筋萎縮関連遺伝子群が活発に動いて筋肉の分解が進んでしまうというわけです。
    • 仕事が忙しい、予定が入って時間が取れない…といって筋トレをさぼっていると、IGF-1 の分泌がおろそかになって、徐々に筋肉が分解されて、体がなまってゆくということになりますね。。。(自戒を込めて

ユビキチン/プロテアソーム系の筋肉分解を抑える方法

 ユビキチン/プロテアソーム系の筋肉分解のメカニズムが分かったら、次はその対策が知りたいのが人情ですよね。
 「現実は非情! 予測可能、回避不可能!」というオチではありませんので、ご安心いただけるかと思います。
 筋肉分解に関与するユビキチンリガーゼの作用を抑え込む方法の研究が過去に実施されており、一定の成果が得られていることが分かっています!

筋肉分解に作用するユビキチンを抑える物質

 私が調べた論文・資料の範囲では、以下の物質が筋肉分解に関わるユビキチンリガーゼの働きを抑える作用が示されています。

  1. 大豆タンパク質由来ペプチド(特にグリニシン)
  2. 緑茶カテキン(フラボノイド)
  3. ケルセチン(フラボノイド)
  4. レスべラトール
  5. イソフラボン

大豆タンパク質由来ペプチド

 大豆タンパク質由来ペプチドが筋肉分解の抑制に効果があるという実験は、今回の調査の中で最も多く見かけたものでした。
 大豆タンパク質が消化されて生成されるペプチドのうち、グリニシンと呼ばれるペプチドが、ユビキチンリガーゼの作用を強く阻害することが示されています。

大豆タンパク質由来ペプチドの作用

 大豆タンパク質由来のグリニシンというペプチドは、どんな作用をもってユビキチンリガーゼをブロックするのでしょうか?
 実は、IRS-1 の身代わりになって、ユビキチンリガーゼに取りついて、その作用をブロックすることが分かっています。
 ユビキチンリガーゼは、大豆ペプチドにしがみつかれて、IRS-1 にユビキチンの鎖を取りつけることができなくなるわけです。
 その仕組みを解説した図は以下の通りです。

大豆ペプチドのユビキチンリガーゼ阻害の仕組み

大豆ペプチドを摂取するにはどうすればよいか?

 すでにおわかりの方も多いかと思いますが、後述するイソフラボンの効果も併せて考えると、大豆食品を積極的に摂ることが、筋肉分解を抑える上で好ましいことが分かります。
 大豆食品は、実に身近な食品ですぐに手に入るものが多いのが良いですね!
 例えば、思いつくだけでもこれくらいリストアップできます。

  • 豆乳
  • 豆腐
  • 納豆
  • 油揚げ
  • 湯葉

 私自身も、豆乳を夜の筋トレの後に飲むようにしてみたところ(2019年8月下旬頃から)、トレーニングの記録の伸びが明らかに改善したということもあり、今では豆乳摂取がすっかり習慣化しています。

緑茶カテキン

 緑茶カテキンも筋肉分解の抑制に効果があることが実験で示されています。(参照)

  • 具体的には、緑茶カテキンの主要成分 エピガロカテキンガレート(EGCG) というフラボノイドが、FOXOのリン酸化を促し、ユビキチンリガーゼの発現を抑制するメカニズムとされています。
  • マウスの実験で、筋萎縮を抑制するだけでなく、筋合成も促すことが示されています。
  • ヒト臨床試験でも同様の結果が示されています。
    • 試験対象:日本人女性、75歳以上、サルコペニア経験者
    • カテキン摂取単体ではなく、運動も組み合わせることで効果(歩行能力の改善)が出た
      • カテキンは筋肉負荷の効果を増強した模様

 お茶を飲んで、運動をすると筋肉分解の抑制効果が期待できるというわけです。
 日本人の緑茶を愛飲する習慣は、長寿に貢献しているかもしれませんね!

ケルセチン

 ケルセチンとは何ぞや?と思われた方は多いのではないでしょうか。
 私も調べるまでは、何のこっちゃ?という状態でした。
 が、調べてみると何のことはなく、意外と身近なフラボノイドで、緑茶玉ねぎブドウブロッコリーモロヘイヤラズベリーに多く含まれていることが知られています。
 さて、その作用メカニズムですが、まとめると次のようになります。(参照)

  • ケルセチン(フラボノイドの一種)は、ユビキチンリガーゼ(Atrogin-1とMuRF-1)の発現を抑制する。
  • ただし、ケルセチンは24時間で排泄される。
  • 筋肉内にケルセチンを蓄積させる必要がある。
  • 活性酸素がユビキチンリガーゼの発現を促すが、抗酸化作用で対抗

 1日で排泄されてしまうことを踏まえると、日々野菜をしっかり摂取するのが望ましいですね!

レスべラトール

 すでにご存じの方も多いと思います、おなじみのレスべラトール。
 アンチエイジングのカテゴリでは、良く話題に上る栄養素の一つではないかと思います。

  • ブドウの皮に含まれているポリフェノールで、抗酸化物質として有名ですね。
    • 山菜のイタドリ(別名:スカンポ)の根にも、比較的多く含まれています。虎杖根(こじょうこん)という生薬として知られています。

「レスべラトールならばさもありなん」という印象を持たれるかもしれませんが、今回の調査したところでは次のような作用・効果が報告されていることを確認できました。(参照)

レスべラトロールの筋肉萎縮抑制作用

 レスべラトロールには、筋萎縮を抑えることに関連する次の働きがあることが確認されています。

レスべラトロールは、年齢によって効果が異なる

 ラットを使った実験では、若いラットと高齢ラットで効果の現れ方が異なることが報告されています。
 若いラットではあまり効果が無いが、高齢ラットではレスべラトロールの効果が顕著に現れることが確認されています。

イソフラボンにおよる筋萎縮の抑制効果

 イソフラボンという物質もまた、ご存知の方が多いのではないでしょうか?
 大豆に多く含まれるフラボノイドで、植物性女性ホルモンとも呼ばれている物質ですね。

  • 葛の根っこの葛根にも多く含まれています。

 イソフラボンによる筋肉萎縮に対する抑制効果ですが、2007年にサルコペニア症状を持つ高齢女性を対象とした臨床試験が行われています。参照: Six months of isoflavone supplement increases fat-free mass in obese–sarcopenic postmenopausal women: a randomized double-blind controlled trial
 その臨床試験で、約半年間イソフラボンを摂取した被験者のグループは、筋肉量が回復したことが確認されています。

イソフラボンが筋萎縮を抑えるメカニズム

 イソフラボンは、どのようなメカニズムで筋萎縮を抑え込むのでしょうか?
 その研究が2013年に日本で発表されていました。

 この研究によると、イソフラボンは、SIRT-1(サーチュイン遺伝子のひとつ)を発現を促し、その結果としてユビキチンリガーゼMuRF-1 の発現を抑えることが確認されたと報告されています。
 筋肉の分解を制御する上で、ユビキチンリガーゼ対策がますます重要であることが濃厚になってきました。(私の認識の中で)

まとめ

 だいぶ長くなりましたが、筋肉の分解を抑えるにあたっては、次のポイントが効果が期待されますね。

  • 大豆食品を積極的に摂取しよう!(大豆ペプチド(グリニシン)イソフラボン
  • 緑茶もいいぞ!(カテキン
  • 緑黄色野菜、重要!(ケルセチン
  • 赤ブドウは皮ごと食べる!(レスべラトロール

 専門分野の論文を読むのは、なかなか手ごわいですが、非常に勉強になりますね。
 最初は、ポツリ、ポツリとしか理解できる場所がなかったのが、調べを進めながら再度資料に目を通すと、だんだんと理解のスピードが上がっていき、学習の生産性が上がってゆくのが感じられました。
 新しい分野の学習の仕方も、今回の調査を通して感覚的に学べたように思います。

 最後に今回のエントリの執筆で参照した資料の一覧をリストアップしますので、適宜ご参照ください!

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